●今と昔


ども! ハワハワです。

最近は「ワイのためにどの機種が尽してくれるのか調査」を契機に暇さえあればホールへと足を運んでいるのですが、ほとほと痛感することがありまして。


もう体力無いな、と。


例えば12月。昔から年末商戦ということで新台が多い時期であり、正月休みを確保するべく雑誌の年末進行が重なり、それはそれは地獄の様相を呈していたわけです。なので、12月になると、新台のデータ採り3連戦とかザラでした。むろん、進行自体がカツカツで採ったデータはできる限り明朝に編集部へと送る流れがデフォ。

当時はエクセルは使えず、そもそも電子メールでの通信なんてまだだったし(FAXですよ、FAX)、一方で実戦においては朝の台取りが熾烈だったわけです。



では、そんな一日の流れを書いていきましょう。

朝6:30に出発し、8:00に並ぶ。あの時は新宿が多かったでしょうか。ホール間で競争していましたし。東京が新台の導入が早かったってのもあったかもしれませんが、千葉県民からすると移動に時間がかかるため、ここがもうきついわけです。一日ならいいけど。

で、台は無事に取れるとして、データ採りだから最低5000Gが目標です。ここで高設定っぽい挙動なら…閉店コースですね。新装当日の台なら他のお客さんのために夕方で切り上げるといった配慮は行っていましたが、そうでないなら状況次第では粘りました。また、頑張らざるを得ないケースが結構多いわけですよ。そのための遠出だから。

閉店を迎え23時に新宿を出ると、地元に戻るのは24時過ぎ。
遅い晩御飯を松屋(牛焼肉定食・ご飯大盛り)で食べて帰宅し、データをまとめます。実戦データの他にも気づいたこととかリーチ目とかA4の紙に書き込むわけですよ。びっしりと。今から考えると、編集部員も大変だったと思います。デキが良いしっかりした台ほど書くことが多くなるもので、年末商戦の機種だけにやっぱり作り込まれているのが道理。より寝るのが遅くなるんですな。

そんなこんなで27時就寝。明朝も新宿なら6:30に出るから、遅くとも6時起き…。

これを繰り返していたのです。
しかも、こういう連戦は数日間で終わるものの、こういう状態が1ヶ月近く続くわけで。
いくらパチスロ好きでも、さすがに死兆星が見えるんだよなぁ。よくやっていたわ、うん。


今は地元でのほほんとホールに行って、ゲーム数も特に制限がなく、さらにはインスピレーションで打ちたい台をテキトーに擦れば良いわけ。まぁ、ボーナス主体タイプという縛りはあるものの、それは極々軽微。変わっていないことと言えば、夜に松屋で晩御飯を食うことくらいでしょうか。もっとも、豚焼肉定食・ご飯普通ですけどね。

ただ、この後データをまとめるのは一緒の作業だし、必要とあらば鉄板チャンネル公式ブログ用にエントリーを書くとなると…昔のそれに比べたら半分以下の大変さだけど、それでももうしんどいのです。文字量に関して言えば、今ここを書いているように、圧倒的に増えているんだよね。

結局のところ、現役パチスロファイター・ドラゴン廣石御大の言葉が頭をよぎります。


「91時間バトルの翌日は寝込んじゃう」


今なら私も少し理解できます。まだ少しだけどね。



2016年12月01日